突如として現れた猗窩座。
あのタイミングに意味はあったのか?
📍 実は鬼舞辻無惨の命令で派遣されていた。
「わざわざ近くにいたお前を向かわせたのに…」
魘夢の失敗を想定していた無惨が、 保険として猗窩座を送り込んでいた という伏線が存在します。

🥋 本能に導かれた“強さへの執着”
煉獄という「理想の柱」に、猗窩座の本能が反応した。
命令と欲望の交差、それがあの死闘を生んだのです。
しかし猗窩座はなぜあそこまで強さに固執する鬼になったのでしょうか?
🧊 強さの信仰と過去の亡霊──狛治という名の少年
猗窩座の人間時代の名は「狛治」。
貧困と絶望の中でも、守りたい人を見つけ、奪われ、そして、鬼となった。。。
🧊 父のために罪を背負った少年──狛治の原点
猗窩座という鬼の本名は「狛治(はくじ)」。
彼の物語は、“誰かを救いたい”という祈りから始まった。
狛治は、病気の父を救うために盗みに手を染めた。 薬を買う金がなかった。
それでも、何度も捕まり、殴られ、罵られても、彼は諦めなかった。
「父さんを助けたい」
その一心で、彼は“悪”と呼ばれる道を選んだ。
けれど── 父は、そんな息子の姿に耐えられなかった。
「自分のせいで息子が罪を重ねている」と知った父は、 自ら命を絶った。
この瞬間、狛治の中で「正しさ」が壊れた。
「正しいことをしても、誰も救えない」
そう思った彼は、拳でしか語れない世界に身を投じていく。
喧嘩に明け暮れ、罪人として生きるしかなかった少年。
けれど、そんな彼を救った人たちがいた。
- 道場主・慶蔵──「拳は人を守るために使え」と教えてくれた
- その娘・恋雪──病弱で、でも優しくて、狛治にとって初めての“光”だった
彼は変わろうとした。 罪を償い、道場を継ぎ、恋雪と生きていこうとした。
──だが、運命は残酷だった。
恋雪と慶蔵は、毒を盛られて殺された。
狛治は怒りに任せて、素手で67人を殺した。
その夜、鬼舞辻無惨が現れた。
「お前のような男を待っていた」と。
こうして、狛治は猗窩座になった。
だが、彼の中に残っていたのは、 “強さ”ではなく、 「守れなかった」という後悔だったのかもしれない。
父のため盗みに走った少年時代
「罪の手、願いの拳」
腹が鳴った。 けれど、それよりも気になるのは、父の咳だった。
「……ごめんな、親父。今日も薬、買えなかった」
狛治は、父の寝ている布団のそばにしゃがみ込んだ。
痩せた手を握ると、父はかすかに目を開けて微笑んだ。
「いいんだ、狛治。お前が無事なら、それでいい」
その言葉が、胸に刺さった。
無事じゃいられない。 このままじゃ、父は死ぬ。
だから、狛治は拳を握った。
盗むしかなかった。
殴ってでも、奪うしかなかった。
「罪の繰り返し」
最初は、飴だった。 次は、薬屋の棚から小瓶を。
やがて、金を持っている大人を狙うようになった。
拳は、父のためだった。
罪は、父を生かすためだった。
だが、世間はそれを許さなかった。
「鬼子」「人でなし」「ろくでなしの子」 罵声が飛び、石が飛んだ。
それでも、狛治はやめなかった。 やめられなかった。
「父の遺書」
ある日、帰ると、父はいなかった。
布団の上に、一枚の紙が置かれていた。
「狛治へ お前が罪を重ねるのは、全部わしのせいだ。
すまなかった。 だから、わしはもういなくなる。
これ以上、お前が悪いことをしなくて済むように。
どうか、真っ当に生きてくれ。 わしの願いは、それだけだ。」
その紙を握りしめて、狛治は泣いた。
初めて、声を上げて泣いた。
父のためにやってきたことが、 父を殺したのだと、思った。
「少年の終わり」
その日から、狛治は変わった。
拳を振るう理由を失い、ただ、空を見上げていた。
「真っ当に生きる」それが、どれほど難しいことかを、まだ少年だった彼は、痛いほど知っていた。
慶蔵と恋雪との平穏な時間
「雪の音が聞こえる日」
雪が降っていた。
しんしんと、音もなく、ただ白く世界を包んでいた。
狛治は薪を割っていた。
凍てつく空気の中、額に浮かぶ汗を袖でぬぐいながら、黙々と手を動かす。
その背中を、縁側から恋雪が見つめていた。
膝に毛布をかけ、湯呑みを両手で包み込むように持ちながら。
「狛治さん、寒くないですか?」
その声に、彼は振り返る。 少し照れたように笑って、首を横に振った。
「平気っす。恋雪さんの薬湯、あったまりますから」
恋雪は、ふふっと小さく笑った。
その笑顔を見るたびに、狛治の胸の奥が、じんわりと温かくなる。
自分の手で守れるものがある。 そう思えることが、ただ嬉しかった。
道場の奥から、慶蔵の声がした。
「狛治、終わったらこっちに来い。湯が沸いたぞ」
「はい!」
返事をして、薪を束ねる。
その手つきは、かつて喧嘩に明け暮れていた頃の荒々しさとは違っていた。
誰かのために動く手。 誰かのために生きる日々。
縁側に並んで座る三人。
湯気の立つ湯呑みを手に、言葉少なに、ただ雪を眺める。
「春になったら、町まで行こう」 慶蔵がぽつりと言った。
「ええ、行きたいです」 恋雪が頷く。
「じゃあ、俺が荷物持ちっすね」 狛治が笑う。
その笑い声に、雪の音が溶けていった。
それは、確かにあった時間。
誰にも奪えない、かけがえのない、平穏な時間だった。
毒殺による喪失と、素手での復讐劇
「雪は、もう白くなかった」
雪が降っていた。 昨日と同じように、しんしんと、音もなく。
だが、今日は違っていた。
道場の戸を開けた瞬間、鼻をついたのは、薬草ではなかった。 鉄のような、冷たい匂い。 そして、静かすぎる空気。
「……恋雪?」
返事はなかった。 奥の部屋に足を踏み入れると、そこにいたのは―― 冷たくなった恋雪と、慶蔵だった。
湯呑みが倒れ、畳に染みが広がっていた。 恋雪の唇は、かすかに紫がかっていた。
「……なんで……?」
声が震えた。 指先が、かすかに痙攣した。
毒―― それが、すぐに理解できた。 誰かが、意図的にやったのだと。
そして、思い当たる顔があった。 道場を妬み、恋雪を狙っていた、あの門下生たち。
狛治は、何も言わなかった。 叫びも、涙もなかった。
ただ、立ち上がった。 拳を握った。 そして、歩き出した。
「拳が語るもの」
最初の一人は、何も知らずに笑っていた。
「おい、狛治。どうしたんだよ、そんな顔して――」
その言葉が終わる前に、拳が沈んだ。
骨が砕け、肉が裂ける音がした。 血が、雪に飛び散った。
次の一人は逃げようとした。 だが、狛治の足は速かった。
腕を掴み、地面に叩きつけ、何度も、何度も、拳を振るった。
叫び声が上がった。 懇願の声もあった。
だが、狛治の耳には届かなかった。
彼の中で、何かが壊れていた。 いや――壊されたのだ。
恋雪の笑顔を、慶蔵の言葉を、未来を、すべてを。
拳が語るのは、怒りではなかった。 絶望だった。
愛を奪われた者の、最後の祈りだった。
🕯️ そして、静寂。
すべてが終わったとき、狛治はただ立ち尽くしていた。
拳は血に染まり、雪は赤く汚れていた。
空は、まだ白かった。
けれど、彼の世界には、もう何も残っていなかった。
「夜が、落ちてきた」
拳が砕けていた。
骨が軋み、皮膚が裂け、血が滴っていた。
だが、痛みはなかった。
狛治は、ただ立っていた。
門下生たちの亡骸の中で、雪にまみれ、拳を下ろしたまま。
「……終わった」
そう呟いた声は、誰にも届かない。
恋雪も、慶蔵も、もういない。
彼の中で、何かが静かに崩れていった。
怒りも、悲しみも、もう残っていなかった。
ただ、空っぽだった。
「……なんで……」
問いかける相手もいない。
自分自身にすら、答えはなかった。
雪が降り続ける。 白いはずの雪が、赤く染まっていく。
そのときだった。
「声が、降ってきた」
「美しいな」
背後から、低く、冷たい声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは―― 黒い着物を纏い、異様な気配を纏った男。
鬼舞辻無惨。
「お前のような人間を、私は初めて見た。
愛する者を奪われ、怒りに任せて殺し尽くした。
だが、そこに迷いがない。お前は、強い。」
狛治は答えなかった。 ただ、虚ろな目で男を見つめていた。
「お前に力をやろう。
もう二度と、大切なものを奪われぬように。
もう二度と、弱さに泣かぬように」
その言葉は、甘く、冷たく、深い闇のようだった。
「……何も、いらない。」
狛治はそう言った。 だが、無惨は微笑んだ。
「ならば、力だけをやろう。お前の拳に、永遠の破壊を。」
「狛治が、猗窩座になった夜」
痛みが走った。 体が焼けるようだった。
血が逆流し、骨が軋み、意識が遠のく。
それでも、狛治は叫ばなかった。 叫ぶ理由すら、もうなかった。
気づけば、雪は止んでいた。 空には月が浮かび、世界は静かだった。
そして、彼は立ち上がった。
もう、狛治ではなかった。
その目に、かつての優しさはなかった。 その拳に、守るべきものはなかった。
ただ、空虚と破壊だけが残っていた。
猗窩座―― 鬼としての名を与えられたその男は、 人間だった頃の記憶を、深い闇の底に沈めた。